
無料モデルの利益の源泉は広告である。無料であることの代償としてユーザは企業の広告塔であることを強制される。
たとえ広告が挿入される無料ホームページスペースであったとしても、管理者は訪問者に広告を見せない様にサイトを構築することが可能である。果たしてそれは真か偽か。もちろん、ホームページスペースを貸し出す側の企業は商業的メリットがなければ、わざわざ無料でホームページスペースを貸し出すようなことはしない。ホームページスペースの管理者は本来ならば、企業に貸し出されたホームページスペースの対価を払わねばならないはずだ。サービス利用者に対価を求めない無料サービスは、利用者がサービスを使用することそれ自体が収入の源泉になっている。無料ホームページスペースとは、管理者が訪問者にとって魅力的なコンテンツを配信し、このサイトから無料サービス供給元へのトラフィックを成立させてこそ成り立つ、広告収入モデルなのである。つまり、サイト管理者は無料サービス供給元のセールスマンなのである。
転送メールを無料サービスとして成立させることが難しい理由はここにある。最近、Infoseekの転送メールサービスが打ち切られた。転送メールとは、あるメールアドレスに送られたメールを別のメールアドレスに転送するサービスである。転送時にメールに手を加えない場合、どうやって
情報の再利用と検索という観点から見て、情報の電子化が叫ばれて久しい。そして情報の電子化を推し進めた結果、僕らは次の問題に直面した。それは情報が多すぎるという問題だ、キーワードマッチングによる検索はごみをよく拾ってしまう。ごみを拾わずにWebやメールといった電子化された情報を整理するにはどうすればいいのだろうか。ツリー構造、代替リンク、タグ付け
ツリー構造とは昔からの整理方法である。各々の情報に単一のマークを付けて、このマークを基にして情報にアクセスする。例えば、WebでつかわれるURLとかURIとかはツリー構造の一つである。僕が情報管理の方法に欠点を感じる点は、単一のマークを情報にマークすることである。シンボリックリンクという技術はこの点をうまく回避し、同じ情報に対して複数のマークをつけることが出来る。
シンボリックリンクという考え方をもう少し考えてみる。あるプールにまとめて収められている情報に複数のマークを付けてみる。例えば、./row/ というディレクトリに全く未分類の情報が入っているとする。このディレクトリに含まれている情報にディレクトリを介したシンボリックリンクを貼ることでタグを付ける。
$ ls ./row/ 001.txt 002.txt 003.txt $ cd ./tag/game/ $ ln -s ../../row/001.txt uno.txt $ cd ./tag/boy/ $ ln -s ../../row/001.txt tom.txt $ ls ./tag/* tag/game: uno.txt -> ../../row/001.txt tag/boy: tom.txt -> ../../row/001.txt tag/girl:
このようにすることで、001.txtにgameとboyというタグを貼ったことになる。もし、タグの名前を変えたくなった場合は./tag/game/というディレクトリの名前自体を変えてしまえばよい。
$ cd ../ $ mv game games
ただし、絶対にしてはいけないことは、./row/ ディレクトリに含まれるファイルのファイルネームを書き換えてはいけないということだ。正しく言えば、./row/ ディレクトリの中身のことは忘れようということだ。ファイルの実体はそこにあっても、書き換えや変更はタグディレクトリの中で行うようにすることだ。ここで、001.txtにどのようなタグがつけられているかを探してみよう。
$ cd ./tag/ $ find . -lname '*001.txt*' ./boy/tom.txt ./games/uno.txt
ということで、001.txtにはgameとboyの2つのタグがつけられていることがわかった。ひとつの情報に複数のタグを付けることが出来たのでこの方法は面白いようにも見える。しかし、この方法にも問題点が存在する。それは、タグによる情報の検索だ。ここで、gamesとboyというタグがつけられた情報を選び出したいという場合を考える。当然ながら、001.txtがヒットすればOKだが、これをするには結構コストがかかる。やってみよう。
$ ls -l tag/games/ tag/boy/ | perl -F'/->\s/' -lnae 'print $F[1]' | sort | uniq -c | grep --regex "^\s*2"
2 ../../row/001.txt
という感じだ。これで、gamesとboyのタグが両方つけられた情報が001.txtという名前だとわかった。さらに、boyとgamesとgirlのタグがつけられたものを探してみる。注意点は、lsコマンドに与えるタグにgirlを追加することと、grepの引数を2から3に変えることだ、次のようにする。
$ ls -l tag/games/ tag/boy/ tag/girl/ | perl -F'/->\s/' -lnae 'print $F[1]' | sort | uniq -c | grep --regex "^\s*3"
当然ながらヒットしない。ヒットしなくてよいのだ。このやり方は問題がある。例えば、gamesのディレクトリに同じ情報を別名でシンボリックリンクを貼っている場合を考える。すると、3つの同じリンク先を持つシンボリックリンクがあるため、ヒットしてしまう。
大衆行動の動機付けとなる情報の媒介者とは、オリジナルの模倣者でもオリジナルの提供者でもなく、模倣者予備軍に模倣者のイデオロギーを的確に知らせる情報の中継者である。そして、大衆はその行動のオリジナリティを模倣者に感じ、本来のオリジナルの提供者には感じることは稀である。この傾向はWebにおける大衆行動に特に見られるものではない。中継者としての高い能力は大衆の行動の動機付けとなり模倣者の数を増やす。
オリジナルを頒布するための媒介者となること。ブログ記事や動画共有サイト等で、他人の作成したモノを紹介してそのことで自分のページへのトラフィックを増やす。このようなモデルでどこまで「紹介サイト」の人気が伸び続けるか、僕は見てみたい。新聞やテレビといったメディアと呼ばれるタイプの基本姿勢はまさに「すでにある事実の紹介」である。公正や事実をもって尊しとなす、情報媒介者たちはその情報のオリジナルである必要はない。巨大なオリジナルの媒介者である。
情報の2次配布に伴う事実の公正性については、オリジナルのコピーがオリジナルとなりえるというデジタル情報の特徴ゆえ問題はないと思われる。ただし、ここで問題なのは「紹介サイト」が生き残るためには巨大であらねばならないのではないか、という点だ。情報のハブとして十分に機能するためには、その紹介サイトの信頼性が問題になってくると思う。僕は特に、オリジナルの媒介者としての機能しか持たない「紹介サイト」の人気を保つには十分に大きくなければならないと思っている。その大きさを維持する努力をやめればその信頼性をも揺るがしかねないことになると思う。
ではこれに対して情報のオリジナルであることについてはどうだろうか。常にオリジナルであることはかなり難しいが、サイトのサイズは小さくてもよいという点で優れているように思う。オリジナルであることは、それが存在するだけで十分に価値のあることなのだ。
Web2.0は集合知というキーワードで説明され、Web2.0を推し進めている企業の株価がどんどん上がっている。集合知はその言葉じりから連想されるような「3人寄れば文殊の知恵」で素直に説明されるのだろうか。僕はそう単純に説明できるものではないと感じている。雑多な情報を整理して提供することで集合知を実現させ、ここで得られた知恵をさらに発展できる誰かからの情報提供で、集合知はより洗練されていく。
僕らが注意しなければいけないことは、集合知が洗練されていく過程には「誰かからの情報提供」が必要であるという点だ。当然ながらWeb2.0を推し進める企業はその点についてよく理解し、これまでWebを見るだけ聞くだけにとどまっていたユーザーがWebに情報を提供しやすい土壌を意図的に作り出している。このことは近年広がりを見せてきた口コミサイトでよく見られ、書き込みなどの方法によってユーザーが能動的に情報を発信せずとも、サイト内でのユーザの行動から情報を吸い上げるシステムが設置されている。
Googleを利用するユーザの行動を肩越しに観察してみた。なぜか、検索結果ページのキャッシュを利用するユーザが少なく、サイトへの直リンクを利用するユーザが多いことに気づいた。そして、ヒットしたサイトへの直リンクをクリックしたユーザの中には、検索したキーワードを再度ブラウザの検索機能を使って探しているユーザがいる事にも気づいた。
僕は、サイトへの直リンクよりもキャッシュへのリンクをクリックする利点を強くプッシュしたい。その理由は、キャッシュを使うことでキーワードが色分けされて表示されるので、ページ中からキーワードを探しだすのにとても便利だからだ。サイトへの直リンクから最新の情報を当たるというという姿勢は望ましいと思うが、Googleはキャッシュからキーワード抽出し、この情報を元にヒットしたページの順位を決定している。そこをあえて悪い方向に変化しているかもしれない最新版をチェックするのは、あまり建設的な解決策とはいえないのではないだろうか。
さて、直リンクをクリックするタイプのユーザにも的確に検索結果を伝えるには、サイトマスターは1ページに含まれる情報を細分化し圧縮してみてはどうだろう。2chの掲示板がヒットした場合、自分の欲しい情報を引き出すのが難しい。その理由は情報が時系列でソートされ、Simiralityでソートされていないからだ。つまり、視線の移動量に比べて必要な情報が散発的にしかヒットしないため「読みづらい」からだ。適当に細分化すれば、検索してきた人に適当な情報を提供できる。
目指せ1日100pv。
最近になって知ったことだが、Googleで検索したときに「hoge の検索結果 約 341,000 件中 1 - 10 件目 (0.06 秒)」と表示されても、検索ページをめくっていっても341,000件の全ての検索結果が表示されるわけではない。上から1000件までの情報だけが表示される。本当に341,000件のヒットがあったのかユーザとしてはチェックすることは出来ないが、まぁ1000番目以降のページにはほとんどキーワードに対する有益な情報が含まれないということで打ち切っているのだろう。
この問題に対する解決策として、SEOmoz | Cracking Google's 1,000 Page Barrierのようなページがある。タイトルにはクラックとあるが、「サイトの論理的な構造をurlに上手く反映させてinurl検索演算子で絞り込もう」というような感じだったと思う。
1000ページ以降に意味のある検索結果は含まれないであろうという予想と、これを上手いこと論理的な構造と結びつけることで絞り込もうという発想である。第一歩として、検索したら1000ページ目まではチェックするように心がけようかな。そうすることで、いままで捨ててしまっていた情報が見えてくるかもしれない。
はてなブックマークの影響力がすごいのか、それとも。もしかしたらはてなブログの記事だったからそういう順位になったのかもしれないな。
アクセス解析や転送速度測定のページなどで、なぜか、自分がどこからアクセスしているか表示されている。どうしてだろう。と思って調べたら、IP-based Intelligence Technology SurfPointというAPIを使った、サービスが見つかった。IPひろばと言うサイトで、IPアドレスやFQDNを入れると、対応した地域情報が表示されるようだ。1日の接続回数が制限されているようで、上限に達すると検索できなくなる。
間違っているのだけれど感覚的な理解として、プロトコルは業界団体が定めたものって感じで、APIは一企業が定めたものってきがする。API上がりはプロトコルになれるのかな。
検索エンジンに登録することはどこまでSEO的に使えることになるのか。僕のページはこれまでどこの検索エンジンにも登録していなかったが、いくつかの検索エンジンのクローラがサイトを訪れているし、検索エンジンからのアクセスもある。コンテンツの充実と検索エンジン登録とどちらが使えるSEO対策なのか。
レンタルサーバにアカウントが出来たので、wikiとxoopsを設置してみた。で、思ったことがひとつ。下馬評にあったようにxoopsは設置が結構面倒だなと感じた。設置しただけでは使えなく、モジュールの導入などが必須だ、モジュールの導入なしにはただの統合システムという感じだ。wikiはその点簡単だ、導入すれば書き込みだけはすぐにできるという点では安心である。しかし、色々凝ったことをしようとすると無理が出てくる。
とにかく設置が終わっての第1印象はあまりよくない。その理由は出力されるソースだ。単純極まりない構成のはずがソースを見るとかなり複雑になってしまっている。このことはそれほど不思議ではない。僕がこれまでに使ったことのあるホームページを作ってくれるソフトの多くは見た目がきれいだがソースが汚い。これと同じようなもんだろう。さらに最新の技術が使いにくいという点も問題だ。僕は多くのcmsプログラムを知っているわけではないが、すでに公式文書が何年も前にリリースされていながら、xhtml+mathml+svgのDOCTYPEに対応したcmsを知らない。これまでの傾向として、公式文書、ビューア(ブラウザ)、コンテンツの順にインフラが整備されていくことは仕方がないが、せっかくよいビューアがあってもそれを使い倒せるコンテンツがないというのは残念だと思う。いつまでたってもtraditionalなHTMLを使うのはよくないし、これを変えるにはCMSのソースを読まないとだめだし、手書きしないとDTDとか覚えられない僕にとってはあまりうれしいことではない。ということで、やはり導入してみたけれど使わないという状態が続いてしまっている。
そもそも、僕にとっての根源的な問題はWebに上げるネタに困るということだ。確かにCMSとかの導入はコンテンツの管理が簡単になったり、利点が多い。しかし、魅力的なコンテンツの創作には色々と問題があってしかるべきだと思う。CMSを使っても魅力的なコンテンツをかける人はかけるし、かけない人はかけない。その点においてやはり僕にとってはCMSはいらないんじゃないかなぁと思ってしまう。
非技術系サイトで使われているブログではよく見かける、サイトトップに大きなタイトル両側にメニュー最後にはコピーライトという構成、このとき必要な情報はページのど真ん中にある。このような構成をしている場合、サーバから取得したデータ量に比べて見たかった情報はほんのわずかしかないという状況がよくある。これはあまりよくないと思う。必要な情報にすぐにアクセスできるようなアクセシビリティを求めることは正解だと思うが、サイドメニューは本当に必要なのかよくわからないものが大量にくっついている。いまどき転送量の足かせがあるサーバは珍しいのかもしれないが、ユーザに対して必要な情報を的確に教えるページのほうが、よりよいのでないかとおもえる。
意外とすごいと思うのは自身の配信する情報で閉じている技術ニュース系サイトだ。CMSを使っていようがいまいが、ユーザに対して必要と思われる情報をしっかりと選んで見せてくれる。ニュースサイトとして有名なYahooニュースはその対象が多すぎるためか情報の篩い分けに失敗しているように思えてならない。
wikiやxoopsの問題点はいちいち負荷がかかるということだ。ページの表示をするためだけに、それぞれの文法をパースして、HTMLで書き直して表示している。これを短所と見るか、長所と見るかは人それぞれだが、例えば、1つのコンテンツが非常に大きい場合、サーバに負荷がかかり、その結果表示さえ出来なくなるということを考えれば、特に無料レンタルサーバなどに設置する場合には欠点と感じられることもあるだろう。例えば、僕はiswebに設置したfswikiにおよそ500KBytesのwikiデータを持つページをアップロードしたが、その結果、表示の際にinternal server errorとなり、表示さえ出来なくなってしまった。fswikiのような単純な文法を持つwikiエンジンでさえ、パースにかなりのCPU時間を食うということなのだろうか。まぁ500KBytesというのは単一のページとしては大きすぎるという考え方もあるだろうが。
wikiにしてもxoopsにしても動的ページと呼ばれるものだ。そもそもの考え方として、動的ページが静的ページに比べてものすごく重いとか負荷がかかるという考え方は正しさと間違いを両方含んでいると思う。あるプログラム(wikiにせよxoopsにせよ)がwebページを生成することを考え、このwebページの内容は別のファイルに依存して変化するとしよう。あるプログラムは依存関係を元にwebページを生成し、生成対象のwebページと依存関係にあるどのファイルにも変更が無ければ何もしない。依存関係を元にファイルを生成する仕事を簡単に行うプログラムは相当昔からある。makeコマンドだ。wikiやxoopsに同様の機能を組み込むことは結構簡単なのではないかと思う。ただし、慎重に考えなければいけないのはwebページとしての特徴、つまり依存関係だ。例えば、全てのページに全てのページへのリンク(サイトマップ)を入れるとしよう。この場合新しいコンテンツが増えると全てのページを新しくしなければならない。そして、リンクをユーザに踏ませる際にmake.cgi?makefile的な形にして、make.cgiのなかでは依存関係チェックとコンテンツ生成を行い、最後にlocationヘッダでmakefileに対応した生成ページへ飛ばすようにすれば、万事解決のような気がする。まぁプロトタイプすら作っていないのでどうなるかわからないが。でもなぁこういう機能ってすでに有名所には実装されていそうな気がする。
5月は31日。4*7=28なので、4週間の前と後ろにあわせて31-28=3日あり、この3日は連続した曜日である。週の始まりの可能性は月曜日から日曜日までの7通り、数え上げでもぜんぜん出来そうな感じがする。火曜日と金曜日が4回なので余った3日の間に火曜日と金曜日が含まれない連続した曜日をえらぶと、土曜日、日曜日、月曜日、である。つまり(1,2,3),(1,2,31),(1,30,31),(29,30,31)の4通りである。しかし、4通り全てについて土曜日が1日となるので、5日は水曜日、ということで5月5日は水曜日である。
難しいな、どうすればいいんだろう。アップロードを違法と考えてをやめさせる、というのが1つ。アップロードする行為自体を第3者による合法的な販路の拡大行為と考えて、不特定多数のアップロードを推奨してダウンロードした人から何らかの形で吸い上げを図る、というのが1つ。前者はこれまでうんざりするくらい行われてきたけどやっぱりうまくいかない。後者がうまく行かないのコンテンツの内容が問題だからかな。
自殺というキーワードを色々なサーチエンジンで検索してみると、トップに上がるサイトがそれぞれ異なる。各々の結果をどう評価すればいいのだろうか、自殺というキーワードを入力したユーザは自殺について知りたいのか、自殺を踏みとどまりたくて検索したのか。たった一つのキーワードからではその判断は難しいと思う。
http://blogoscoped.com/archive/2008-05-15-n59.html
非常によい文書だと思う。啓蒙的だ。久しぶりに読んで面白い文書に出会った気がする。
http://www.thesimpledollar.com/2008/05/15/how-to-get-personal-and-professional-value-from-idle-web-surfing/
同様のサイズのサイトとはセッション数で篩い分けしているそうな。どのくらいのセッション数があるとどの程度のサイズと判断されているのかわからないが。
個人情報をパスワードと関連付けてはいけないということ。でも、パスワードを覚えておなかいといけない。どうすればいいんだろう。個人情報を元にしてパスワードにするのがだめなら、ランダムに生成したパスワードを多少無理をしてでも個人情報と関連付けるというのはどうでしょう。
恋人の責任とは何か。誰かから好きになられるということ、そのことに対して僕はもっと敏感になるべきだった。釣り逃がした魚は大きく、釣りさえしなかった自分にはもっと腹が立つ。ほったらかしにされる側の気持ちは辛い、それが本当に自分のことを好きになってくれたひとならなおさらだ。「自信が持てない」のひとことで自分がどれだけ逃げていたのか。自分の行動で自分が傷つくことから逃げることで、誰かを傷つけていたことに気づいた時、僕はもう一周り大人になれた気がした。恋人の責任、それは互いに想い合うこと、相手の気持ちを考えること、これらの結果行った自分の行動に責任を持つこと。僕には足りなかったな。
「マフラーしないとだめだよ。」不意に後ろからかけられた台詞にドキッとする。いつもの待ち合わせ場所で、いつもの声が聞こえた。「苦手なんだよなぁ。マフラーって。首筋の辺りが妙にくすぐったくってさ。」「寒くないの?」渋る僕には目を合わせるのが一番だと知っているようだ。まるで説き伏せるように訊いてくる。「うん」「ならいいけど。」おそらく、僕の手の内はばれているんだろう。薫は色々と世話を焼きたがるんだ。幼馴染ってのは厄介だ、僕が直接教えていないことをどこからか聞いてくる。いつの間にか僕の洋服のサイズを知っていたし、ブドウが好物だということも知っていた。
今日は何だ、次の台詞に身構える僕。「今日は海岸まで行かない?」「冬に海岸だって?」街から海までは電車を乗り継いで片道30分ぐらいだろうか。免許を持っていない僕に、沿岸をドライブして海まで、という甘いシチュエーションを期待しているわけではないだろうし、僕が免許を持っていないことぐらい薫は知っているはずだ。図りかねた僕は「この寒空の下海岸に行くなんて、あまり建設的なデートコースとは思えないけど。」と答えた。「今日は何の日。」「了解しましたお姫様。」「よろしい。」
今日は12日、Qweenの日だ。そもそもこの、12日はQueenで薫が13日はKingで僕がデートの決定権を持つ、という馬鹿げた制度は付き合い始めて1年ほどたったある13日に生まれ、なぜか今でも続いている。とにかく、毎月12日は僕が薫お姫様のナイトになり、甲斐甲斐しくお世話させていただくというわけだ。「ではこちらです、お姫様。」ぼくらは電車に乗り込んだ。
「ねぇ覚えてる。私が大宮に引っ越したときのこと。」「覚えてるよ。引越しを手伝った。」「だよね。でもほとんど私がやった。」窓の外を流れる景色を見ながら言われた。「そりゃそうだよ、何を触っても怒るんだから。」「そもそも、もう少し早く言うか最後まで言わなければよかったのにね。単身赴任の夫の帰りをけなげに待つ新妻のような気持ちだった。」突っ込みたくなるのを抑えて僕はゆっくり答えた。「僕はあの時言えてよかったと思ってる。」薫は複雑そうな顔をして「後悔してたら殺すわよ。」と続けた。全く素直じゃないんだから。
電車から降りて少し歩くと海岸についた。この寒い時期に海岸に来た酔狂なカップルはやはり僕らだけだった。「はい。」後ろから付いてきた薫がLoftの黄色い紙袋を手渡す。「寒いでしょ?」「まぁ。」「マフラー編んだの。」紙袋から出てきたのは棒針編みの長いマフラー。「上手いでしょ、編み物得意なのよ。」得意げに言われたがこのために海岸まできたのかと思うとがっかりだ。「マフラーは編み物の基本だよ。」「いいから付けるの。」長めのマフラーを2人の首に巻く。「ふぅ、あったかい。」
「今日は記念日ね、純が私の前で素直になれた記念日。『引越す前に好きだって言えて良かった』って言われたから。」「これ言ったの初めてだったっけ?」「初耳。」「そもそも僕は素直なほうだと思うけど。」「いつもカッコつけてる。二人だけのときはカッコなんかいらないから、飾らずに接して欲しいの。私もうカッコになびくような年じゃないし、純のカッコで純と一緒にいたいと思っているわけじゃないから。」なんだかいつにも増して薫が大人びて見えた。「そうか。じゃぁ『後悔してたら殺す』はやめてほしいな。」「どうして。」「お互いさ、好きだって言おうよ。いつまでも、僕のお姉さんぶって素直じゃない薫でいるのはやめてって事。立場対等。OK?」薫のドキッとした表情。「引っ越す前に、本当に最後の最後で純に付き合ってくれって言われて、嬉しかった。やっと幼馴染を恋人として見てもよくなったんだって。でも、純に好きだって言っても相手にされないんじゃないかって怖かった。ほら、純って大人だから、他人の前では演技して、本当の気持ちを外に出さないようにしてるから。」吹っ切れた表情で薫はそう言った。「純のことが好き、幼馴染でいたときも付き合い始めてからも。」そっぽを見ながら言う薫の顔は真っ赤だった。
「今日は記念日だね、薫が僕の前で素直になれた記念日、お互いが自分の気持ちを言葉にして相手に伝えられた記念日。」照れながら僕は言った。「うん。やっぱりカッコいい純も好きだよ。」薫が答えた。「そういえば実はマフラー苦手って嘘なんだ。だからさ、マフラーありがとう、嬉しかった。」「うん。じゃぁ今日は全部まとめてマフラー記念日だね。マフラーが純と私の間を取り持ってくれたから。」
どうしようかねぇ。おかしいよ。状況は幸せではなく。
俳優はピンマイク、お笑いはガンマイク。声量の違いやね。
そういうのだめだと思う。
自分を演出してみよう。理想の自分、理想の自分を演出する背景、思い描いて実践してみよう。カッコよくない?自分。
ぜんぜん違うはなしですが、エニアグラム診断してみた。芸術家タイプだそうな。確かカテゴリは4番だったかな。価値判断の基準が自分にあるために、他人に迷惑をかけることが多いそうな。なんだか当てはまりすぎて怖いね。
長時間打鍵しているとパームレストではものたりなくなってきた。ひとつの要因はキーボードと手が近すぎることが原因だろうと思う。近すぎると、キーボードの全体を使うには指が長くないとだめな気がする。僕はそんなに指が長くないのかもしれない。一般的なフルサイズキーボードよりも、ノートPCで採用されているような小さ目のキーボードのほうが使いやすいと感じることが多い。さて、そんな僕だからこそ、キーボード上を縦横無尽に指が動くためにはパームレストだと動ける範囲が狭くて嫌になってしまう。ということで、アームレスト。お金がないので厚めのタオルを折り畳んでパームレストにしている。結構快適。
僕はどこに目的意識を持てばいいのか。計算したい。モデル計算がしたい。モデルはどのように立てる?立てたモデルをどのようにしてプログラムに落とす?まず第一のステップとして、モデルを立てることはやめよう。モデルは既存のモデルを用いる。既存のモデルをプログラムに落とすところからはじめよう。
「でも、好きになったらだめだなぁって。」2月の日差しが差し込む教室で、僕は初めて薫のことを意識した。いままでそんな風に思われていたなんてまったく気づかなかった。傍らにいることがあたりまえになった薫から、そんなことを言われることになるとは。パリッとした白いシーツの上で寝そべりながら答える。「へぇ。」「もうちょっと驚いてよ、恥ずかしいんだから。」「びっくりした。」やれやれといった表情で吐き捨てられる。「そんなんだから困ったのよ、はっきりしない。」
大学生のとき、薫を平日の真昼間から代官山に連れ出してクレープを食べながらデートした。完全に恋愛初心者だった僕らは、そんなありきたりなデートでも楽しかった。テラスに向かい合わせで座って、恋人同士の内緒話を楽しんだ。芝公園の1つのブランコに2人で座ってはじめてのキスをした。それからはや4年。薫が隣にいることが当たり前のように感じられるようになってきた今でも、彼女の一挙一動がぼくをどきどきさせる。それは昔よく感じていた別れの兆候を予感する恐れではなく、恋人としっかり意識できる相手が行う動作に女を感じてしまうからだろう。
リアルワールドで最も残念なことは一人で生きていけないことだ。一人で生きていくには世の中は無条件に寄与を受ける構造になっているし、それを拒否できない。欲しい能力のために僕らは大学に行く。大学からは授業という見返りを受けるがこれは学費の納入でチャラにはならないらしい。残念だ。もうリアルワールドに期待するのはやめたほうがいいのかもしれない。組織に所属することが必須なリアルワールドは無意識のうちに組織からの寄与を受け、そのために組織に恩返ししなければならない。ネットの世界はリアルワールドにおける組織からの干渉に疲れた個人が求める組織からの影響がないという意味でのフリーな世界なのかもしれない。ネットに繋がる個人の総体が個人に対してどこまでフリーでいられるかに興味がある。ネットにおける個人の寄与は個人の総体からの恩恵に先んずるのかもしれない。リアルワールドのだめさ加減はリアルで討論して自分の意見の対する反論の先読みをして気がついた。リアルワールドとどのように折り合いをつけていくかが重要である。
理想ね。
締め切りはなぜあるか。それは折り合いをつけるためである。死ぬまで終わらない仕事を作らないためである。でも本当は、仕事の出来不出来を考えれば、仕事は死ぬまで終わってはいけないのかもしれない。締め切りまでに出来の悪い仕事をするか、出来のよい仕事を死ぬまでにするか。
女磨きが趣味の女、男磨きが趣味の男。こういう人は輝いているな。自分磨きが趣味の自分。僕にとっての「自分磨き」とは何か。自分磨きが自分勝手になってはいないだろうか。一般的なイメージとしての「女磨き」「男磨き」をすることにはなんとなく意味を見出せる。しかしこれが、「自分磨き」となってしまうと、自分主義的、利己的な響きを感じずにはいられない。女磨き男磨きどちらにせよ、自己マネジメントということになるのだろうか。自分の目標設定と、それを実現するロードマップを明確に設定することが重要なのではないか。そして、そのようなことを行えた人間こそが成功者足りうるのでないだろうか。その意味で、自己マネジメントのできる人間はクールだ。そう、「クール」なのだ。
らんまの父
僕は今こういう人になりたい。http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0505/23/news061.html。彼女は見た目で判断されて、そのことをばねにして頑張った人だ。対して僕はどうだろう。今はT大学で院生やっている。傍目に見ればそれなりの学歴だが、現在の自分を総合的に判断するとだめ人間としか思えない。僕はこれまで、見た目で判断されるならば『普通』の人だったと思う。彼女のように『ギャル』と捉えられて損をしたこともない。その分、幸せだったのかもしれないが、世間の荒波にもまれることもなかった。まじめに生きてきたつもりだったが、最近は周りからの要求にこたえられない自分に気づいて本当にどうしようもなくなってきている。締め切りを守れないし、約束を守れない。本当に自分の周りの人に迷惑ばかりかけている。なぜだろう。迷惑ばかりかけると他人から判断された彼女は頑張れた。僕は迷惑ばかりかけると自分では判断しているのだけれど、他人にどう思われているかはよくわからない。そして頑張れていない。今の僕は彼女の姿勢に恋しそうだよ。
アイドルのまねをすることは明確な目標設定の一つであると、別の記事で書いた。TVなどで毎日顔を見るアイドルは目標対象としてとても適しているように感じる。すくなくとも僕にとっては、過去の偉人は目標としては弱い。なぜなら、あまりにも未知の他人でありすぎるからだ。僕にとっては、過去の偉人はモチベーションの維持には不適であるということだ。
それは、エンドユーザにとってパソコンは電源を入れれば使えるものであって欲しいからだ。Linuxを選択しない人の多くはコンピュータを目的遂行のための一手段として考えているからだ。つまり、目的遂行をどのように行うかが問題で、その手段は出来る限り簡単であって欲しいという思いがあるからだ。もし出来合いのシステムを使うことが当たり前で、ハードとソフトはセットで購入するべきだとの想いがある人がいたとしよう。その人にとってハードをそのままにしてOSをLinuxに変えることは苦痛でしかないだろう。いまどきの出来合いのシステムではOSの標準機能と思われているいくつかの機能、具体的に言えばサスペンドやハイバーネーションや音や無線LANや画面やマウスの制御、は上手く動かない可能性がある。また、オフィスソフトやブラウザなどのアプリケーションはそれまで使っていたのと同じものを使えない可能性がある。
彼らにとって一度操作できるようになったものを別のものに変えるには、これまでかかっていた手間よりも少ない手間で目的が達成できねばならない。現在の自分で導入するLinuxでは、出来合いのシステムに比べれば、手間が増えるという点では否めない。つまり、「使えることが保障されているシステム」対「自分で使えるようにしなければならないシステム」の構造である。エンドユーザにとってシステムは使えてこそのものなのである。だからこそOSとその上で間違いなく使える保障があるソフトがシェアを奪っていくし、システムのアップグレードには二の足を踏む。前者の最たる例がMicrosoft WindowsとMicrosoft Officeであり、後者がいまだにWin98やVB6を使い続ける場所があるという点だ。
ここまでのことを考えると、Linuxのディストリビュータはエンドユーザに対して「使えることが保障されているLinuxシステム」を提示できていないことが普及しない理由の一つであると考える。しかし、現在の流れはこれを解決する向きに動いていると僕は感じている。MicrosoftがそうであったようにOSとその上で動くことが保障されるソフトウェアを提示すること、さらにOSが走ることを保障したハードウェアの普及に勤めること。同じような流れがLinuxのコミュニティにも出来ていると感じている。このような流れはエンドユーザからシステム導入に際する不安を取り除くことになり、普及の一助となるような気がする。
debianという安定なディストリビューションを使っていて、またインストーラが何でもやってくれるディストリビューションを使ってみて思うことは、こんなに便利な環境を提供するまでにどれだけ苦労しているのだろうという点だ。そして非力なコンピュータを使っていて思うことは、出来る限りマシンに仕事をさせないであげるにはどうすればいいのだろうという点だ。僕の場合、こういう悩みを解決するには「じゃぁ自分で全部やればいいのではないか」という結論になってしまい、こんな変態的な話をしているんだろう。そんなわけで、速さとか安定とかメンテとかそういうことは全部自分(ユーザとか管理者)のスキルに伴う自己責任と考えて、全部自分でやってください的なオレ流Linuxはないものかということで探してみた。で、見つかったのが下。LFSとかは面白いと思う(自己満足できるという意味でね)。
Do you know the meaning of, ABCDEFG? "A Boy Can Do Anythig For Girl." Reverse the meaning of, GFEDCBA. "Girls Forget Everythig Done & Catches new Boy Again"
相当うまいね。
Fw:本当に考えたの?(それは「考えた」と言わない。):DESIGN IT! w/LOVEに面白いことが書かれていた。全く持って其の通り。アウトプットをしない僕はなにも考えてはいないということか。
「わかる」と「納得する」はぜんぜん違う。納得するのは簡単だ。納得するのは自分の中で割り切ることが出来ればよい。でも、わかるのは難しい。わかるのは他人をわからせなければいけないからだ。ぼくはいままで納得する勉強ばかりしてきたのかもしれない。例えば、僕は「1+1=2である」ということに納得しているが、わかってはいない。自分が「納得している」のか「わかっている」のかわからなくなった場合は、こう聞いてみよう。「1+1が2でない理由を説明せよ」と。つまり命題「1+1は2である」の否定「1+1が2でない」の根拠を提示せよと。
2008年の10月ごろだろうか、仕様変更があったようだ。Operaでyoutubeのユーザチャンネルを見た場合、リンクのいくつか(get_page関数を呼ぶ)が効かなくなっている。Javascriptを有効にしてリンクをたどるとログインページに飛ばされるようだ。scriptタグのsrcに書いてある外部ファイルにはget_pageが定義されているがうまくいかないようだ。
インターネットに多くの情報が上がるようになって、どのようにして其の真贋をみくぁめればよいのかという点について考えるようになった。ぼくは、口当たりのよい情報に騙されてはいないだろうか。僕はどのようにして情報の真贋を見極めているのだろうか?第3者的に自分を見つめなおす。
論文を読む際に其の論文の内容の真贋についてどのように僕は判断しているのだろうか。論文は論文になるまでにいくつもの審査を経ている。其の中で、だめな論文は振り落とされるし、追記が必要なものはそのようにされる。つまり、論文とされているものは其の時点で十分な査読がされているものと考えられ、その内容を信じてもよいかも知れない。
ここで、プレプリントサーバについて考えてみよう。プレプリントサーバは未査読の論文をアップロードすることも出来るが、これを使うユーザは内容の真贋をどのようにして見極めているのだろう。
電話がうるさいので、色々と考えてみた。古今東西、Linuxで動く自動電話応答装置があればいい、ということで。サーバで電話を受け、発信者番号及び入力されたDTMFを取得したい。 -OKWaveAsteriskが回答なのかなぁ。
すみません。
メンテナンスされる側のコンピュータのシリアルポートにシリアルコンソールサーバは接続されている、これは問題ない。メンテナは外のネットワークからシリアルコンソールサーバに接続してシリアルポートを介してメンテナンスされる側のコンピュータに接続する、じゃぁシリアルコンソールサーバのメンテナンスはどうするんだと言うことで。よくわからん。
納得がいくことばかりである。でも僕はおそらく不良なんだろうけど。
探してみたら色々とあるものだ。「世の中腐っている」と思っている人は結構いるのかもしれない。思うに、「他人に自分の存在を認められないと感じる」これに対する不満が「世の中腐ってる」との言葉に表れるのだと思う。鬱積した思いが、他人を排斥する利己的な自己主張に繋がる。組織内にそのような人を抱えてしまった場合はどうすれば良いだろう。とにかく、自分の存在が認められないことに対する不満を和らげることが必要だと思う。
激しく残念なことに、多くの人は一人では生きてゆけない。自分だけのことを考えて生きていくことはできないのだ、激しく残念なことに。
仕事とカテゴライズできる逃げ場を用意しておくことが解決策の一つだそうな。なるほど、仕事の20%を自分の研究に当ててよいとしているGoogleさんはこんなことを狙っていたのかもしれないな。
こういうところで実名を出さないことはネットワークリテラシーなのかもしれないが、書いてある名前が本当に存在する人の実名だとわかるのは一部の人だけなわけで、危険なのはバーチャルの名前とリアルの人間がリンク付けられてしまうことなのではないかと思う。HNとかニックネームを設定することは日常茶飯事なわけだが、それらを実名にしたところでバーチャルとリアルのリンク付けに注意を払っていれば、HNやニックネームに実名を使うことにそれほど問題があるとは思えない。
組織から支給されるマシンを個人的な用途に使う人がいるという。それが良いか悪いかは別として。どこで何が挟まれているかわからない以上、個人的な嗜好についての情報を所属する組織に流される危険性がある。ソフト的かハード的か、もしethポートにスニファが仕掛けられていたらどうするよ。
ブランド品でファッショナブルなのは不思議でないが、イトーヨーカドーの二階で売っている一枚500円のTシャツで、ファッショナブルになるにはどうすればいいのだろう。スタイリストさんとかはそういうことできるのかな。なんかテレビでそういう企画やってほしいな。面白そう。
この世に咲かぬ花など無い。咲かぬとすれば、それは汗と涙と情熱が足りぬ証拠なり。
チョイ萌え。こんにちはさばさばした私「こんさば」。
ちょっと爪先立ちして、お尻をくいっと後ろに突き出して脱ぐ感じ。「よっ。」そういってる感じ。
燃えるごみとか、燃えないごみとか、資源回収とか。曜日が決まっていると、出す日を考えなきゃいかん。で、分別回収だけなら、バケットを置いておけば良いわけであえて出す火を分ける必要は無い。でも、ゴミ回収車がゴミの種類ごとに必要だから回収にお金がかかる。ということで曜日ごとにゴミの種類が違うのかも。
縦書きすると只。只のよみは「ただ」。転じて「無料」。
ダウンローダに付いている機能。分割ダウンロードとか平行ダウンロードとか。サーバの管理者によってはこういうのを禁止しているわけだ。管理者たちは色々と工夫をしてダウンローダに厳しく、通常の利用者に優しくなる設定にしているわけだ。で、いたちごっこと。僕はこのようなことを聞くと全く本当に残念でならない。ダウンローダを使うユーザはコンテンツを楽しむためにダウンローダを使っているわけで、ネットワークから切り離されてもなおコンテンツを楽しもうとしているいいお客さんなんじゃないかなと。僕はそう思う。
ユーザの観点からすれば、すぐにダウンロードできないと困るわけだ。どうしてって、コンピュータをONに出来る時間は限られているから。だから、OFFにしないコンピュータでダウンロードが出来ればゆっくりでも良いような気がする。
ちゃんとした知識って何ですか、春香姉さま。
コーチングでは良くあるらしい。ノーマライゼーションというのは、誰でも良くあること、あなただけではない、そのように認識させることで付加を軽くさせる手法らしい。
「駄目だ。この食材を使っても俺の中の南春香は笑わない。」自分の中の他人というところ。難しいね。自分の中の相手の判断がそのまま相手の判断とイコールかどうかっていうとそんなことは無いわけで。でもぼくは傷つくのが嫌だから自分の中で相手が笑ってくれるまで試行錯誤してしまう。
太平洋夏時間だそうな。かるぼならあめんおいしそう。怠けるために働くのさ。
何だっけかなぁ。何かのゲームで、全ての能力が平均的になキャラクターは何も出来ないのと同じだって言ってた。ドラクエ?
torを使って何が出来るのかということを考えるとね。結局のところ、socksサーバとして振舞うtorクライアント。socksに対応したプログラムならば、socks Proxyとしてtorクライアントが動いているサーバとバインドしているポートを指定すればよいということだ。公式ドキュメントにも言及されている点だが、torはエンドツーエンドの通信を暗号化してはくれない。このことはある意味で当然なのだが、其のことを言及せねばならないほどユーザは無知ということか。torがしていることは相手エンドに対して自分のIPアドレスの詐称をしている。
パケット内容の傍受という観点から言えば、torに依る通信の暗号化が行われるのは自分から相手までの経路の内、自分から出口ノードまでなので、自分から出口ノードの一歩手前までのtorサーバ管理者は暗号化された通信内容しか見れないが、は出口ノードの管理者は生パケットを見ることが出来る。従って、パケットの内容に大きな価値がある場合にはやはりエンドツーエンドの暗号化(ssl等)が必要なのである。
torを使って出来ないことを知っておくことは重要である。torを使ってエンドツーエンドの暗号化が出来るのならば最終的なパケットの受け取り相手はtorによって施された暗号の解読わ行えなければならないが、そうでないことは明らかだろう。だから、通信の内容を暗号化してエンドツーエンドの暗号化通信を確立してこそ、相手に重要な情報を渡せて、なおかつ其の発信元の隠匿が出来るのである。
torクライアントのユーザの観点からそのようなシチュエーションに当てはまるような人を考えるとどうだろう。つまり、「匿名で重要な情報を提供する人」まぁタレコミ人ということか。そのような人はそんなにたくさんいるとは思えないけれどね。
実際にはどうだろうか。torクライアントのユーザはどのようにしてtorを使っているのか。使い道としてはエンドツーエンドの暗号化を行わない使い道もあるだろう。つまり、tor本来の機能だけを用いた、IPアドレスの詐称ということだ。
d:\ cd d:\tpAV PATH="C:\Program Files\GnuWin32\bin" wget -l 2 -c -r -np -b -nc -R index.html http://www.example.com/mp3/
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley/8653/b2j.htm
while True
id = GETID(GET_ACTIVE_WIN)
titl = STATUS(id, ST_TITLE)
if titl <> "" then SAVEIMG("toomp.bmp", id)
DosCmd("D:\bin\b2j32_13\b2j32.exe D:\bin\uwsc31b\toomp.bmp /q80 /a /dd",FALSE,TRUE)
sleep(10)
// Print "No"
wend
やっぱcurl使うしかないかなぁ
