
最近やることが多くて、すぐに懸案事項を忘れてしまうようになった。というか、何回も同じ内容について考えることが多くなった。少ない時間を有効に使いたいので、メモを残しておくことにしようと思う。
うちのマシンは基本的にハードが弱い。この部分はソフトの最適化で補え。
家鯖に導入して、ネットから参照できるようにする。とりあえず、日本語が使えることだ。候補はEmacsで動くCalenderかな。GUIでは見た目がOutlookのEvolutionとか。
FMVはHDDに余裕なさすぎ。HDDどっかからもらってこれないかな。とりあえず、家鯖はVineで、クライアントはDebianでいいかな。導入済んだらdebianのLaTeXとTgifで日本語通るか確認。日本語ドキュメント作れるか確認。フォントはとりあえず気にしない方向で。
数日間止めにはいる。
hda1 7GB / hdb1 20GB RAID1(copy master) /home/hoge/RAID hdc1 hdd1 25GB RAID1(copy slave) /home/hoge/RAID
完了
完了
w3mでの可読性向上を考えて、h2の間にhrをいれる
デーモンにしてしまえば、起動も終了もオートマチックにできることを期待して。
スクリーンショットを身る限りではすごい。後はフォントの大きさまで再現できたら右に並ぶものはいない感じだ。Lynxは文字コードの判定がよくわからん/etc/lynx.cfgでutf-8にしたらutf-8でかかれたページは見えたけど、shift_JISでかかれたページは文字化け。
表示するにはXtermのフォント大きさをLargeにすればOKということはわかったんだけど、小さいままで表示する方法がわからない。
Google検索 mplayer speer 2ch-linux-beginersのページ
logwatch|swatch|epylog|logcheck
著作権がある。で、情報を提供する人たちは著作する権利を守るために著作権をふりかざすわけで。その結果コピーは存在してはいけないことになる。すると、情報は目に付かなくなる。残念なことにそれが原因で情報自体の価値が下がらなければいいのだが。いや、正しくいえば、価値は下がらない。多くの人の目に触れることで情報の価値が上がらないだけだ。著作権があれば、守られる。それは正しいのだが、進歩のスピードが遅くなる。結局僕が言いたいのは、多くの人の目に触れるようにしなさいということだ。それは僕自身に向けての言葉、こもっていても始まらないさ。
見据えた目、自信の表情、端正な顔立ち、僕はこれらにに魅了されてしまう。なぜだろう、彼がカッコいい理由は。何を拠り所としているのだろう。
この年になって伸びるとは思わなかった。2センチ伸びたぞ。でも足りないんだよねぇ。
まぁ色々と問題はあるけれど、今日までの生活をリセットしてみよう。間違ってしまったことはいっぱいあるけれど、変わってみようじゃないか。自分にそう言い聞かせよう。このままの自分でいることはとても危険なように思えてきた。毒抜きが必要だ。かなり毒がたまってしまって、抜くには時間がかかるかもしれないけれど。さてどうしようか。3次元に興味を持てなくなっていることが問題かな。テレビでも見るか。こういう経験は誰もがすることなのか、ぼくだけなのか。リアルに魅力を感じなくなっていることが問題か。そうだろうなぁ。久しぶりにリアル彼女でも探してみるか。おそらくそれって出来ないんだよな。出会いがないとかそんなことじゃなくって、そもそも勇気がなくてさ。かしこまっちゃうんだよねぇ。こんな自分ってどうよ、と思ってしまうから。さて、どうしてツガイになりたいんだろうな、なんだかすごく残念なことをしてしまった気がするよ。だめだなぁ、僕ってぜんぜん経験から勉強してないなぁ。
自分が誰を目標としているか。アイドルはなぜいるのか。思春期によくあるアイドルや有名人の真似は正常だろう。思春期となり、自分の目標とする人が必要になり、その要求を満たすものが、アイドルであり有名人であると思う。今までの目標であった近しい人から少し背伸びして、自分の手の届かない人を目標にしてみる。目標に近づく第一段階として目標の行動や仕草をまねる。どうだ。ところで、僕が目標としている人は誰だろう。
動画共有サイトから動画をダウンロードするまでに何をするか。
命令どおりにしか動けないコンピュータはバカではない。バカなのは人間が結果を見てバカだと感じる命令を書いたプログラマとその命令を実行したユーザである。コンピュータに説得は効かないし、気を利かせたり、融通を利かせることもない。その意味で人間的でないだけだ。あらかじめ定められた手順を適用することが与えられた条件に対して妥当かチェックするだけでもずいぶんと違うだろう。
思考ツールとしてのコンピュータ。思考を具現化させるためにコンピュータを使用する。初学者にとって最も重要なことは具体化だと思う。バカサイドの住人こそプログラムを書くべきだ。コンピュータは馬鹿正直で、命令に実直だ。このことを逆手にとって、コンピュータに作業を肩代わりしてもらおうと思う。プログラムは書いた人間のスキル以上のことはしない。プログラムの良し悪しはプログラマのスキルそのものというわけだ。コンピュータを使って仕事をすることで、自分の知識でどこまで現実の問題に肉薄できるかが具体的にわかる。このことは重要だ。多くの知識を持っていても、その知識が適応できるために必要な「仮定」と「問題点」を意識して使用しなければ、その知識は役に立たない。まるで「2次方程式の解の公式」という知識をもっているがその仮定「2次方程式」を意識しないがために3次方程式に「2次方程式の解の公式」を適用するようなものだ。また、「時間がかかる」という問題点を意識しないがために簡単に出来る「因数分解」を試してみないようなものだ。
You had better to watch the next episord too.は「また見やがってください。」こんな感じかな。had better...を読むときの感覚がいまいちつかめなかったけれど、これでなんとなくわかるようになった。丁寧に話しているようでその実は強制力を伴う命令。腑に落ちた感じがする。
よくわからんが忘れてはいけないような気がする。
サービスの障害情報を横断検索できるサイト。ちょっとだけ...人生は楽しいほうが良いに決まっている。ほのぼのって素敵。
「フラグが立った。」委員長フラグだな。たまに見るきりっとした巨乳はイイネ。まぁストーリーについての突っ込みはおいておいて、委員長夏祭りがんばれ。
どこで撮影しているのかいつも気になっていたがやっと解決した。「スタジオピア」
僕は安全なコメディを見ることしか出来ない。秋葉系オタクを対象にした騙し企画は見れない。だって僕は秋葉系オタクだから。
僕は愚者だろうな。経験に学んでいるところが多いから。歴史に学ぶとは知識に学ぶということらしい。知識。それは多くの人の経験によって裏打ちされたもの。ならば、賢者は多くの愚者たちの犠牲の上に立っているということ?ならばよりキャッチーに言い換えねばならない。「愚者は自分の経験に学び、賢者は他人の経験に学ぶ。」
まぁOSとか走っていればいいのだがね。それに、出力できない場合もあるしね。つまるところD-SUB15端子からでた情報をそのまま受け取ってダンプすればよいわけで。Googleで「ビデオキャプチャ 入力 SUB15」とかで検索すればスクリーンキャプチャできるボードが見つかるかもしれんな。
近所のスーパーは閉店間際(21:00)に肉と魚が半額になる。これを逃す手は無い。半額はいいね、かなり節約になる。
愛する人の不在が僕をここまでだめにするというのは気がつかなかった。まったく、今の自分はあの人に見せられないな。それから立ち直るにはどうすればいいのだろう。
おかしいと思う。
やはり清水愛のみよりも萌えますなぁ。Strawberry Panicとかね。
運命の分かれ道。人生の選択肢を誤ったと感じたとき、過去にさかのぼることが出来たら良いなと思う。そんなこんなで遡って行ったら、生まれる時まで遡りそうだ。だって、選んだ選択肢が間違っていると感じて、やり直せるのだから。ギャルゲーの選択肢ミスったら、最初からやり直すさ。だって完璧なスコアを出したいじゃない。だから前にセーブしておけば、ミスった選択肢からやり直せる。でもね、ギャルゲーの選択肢がミスったと判断できるのはいつだろう。例えば、攻略対象キャラクターのルートに入ることを正しい選択とするなら、判断の付きやすいゲームはミスったら即死、判断が難しいゲームはミスってもずっと後からミスが効いてくる。
人生の選択肢って誤ったとすぐに感じることってほとんど無いんじゃないかな。ずっと後になって其のミスが効いてくることのほうが多いんじゃないかな。つまり、間違った状況を引き起こした選択肢がいつ出てきたかなんてよくわからないんじゃないかな。100手前の選択肢が原因なのか1000手前の選択肢なのか。もし選択肢が2択で100手前まで選択肢を調査して、其の選択肢と間違った状況の因果関係を決定的に見出すには2の100乗通りの組をチェックしなきゃならない。そんなことしてたらノイローゼになっちゃうよ。それに現況を改善する組が見つかったとしても、それは現状をちょっとしか改善してくれなくて、改善した手で進めたとしても同じ結末に行き着いてしまうかも。人生に何回選択肢が現れるかわからないけれど、人生を完璧なスコアで終わらせる(正気を維持して終わらせる)ってとても難しいんじゃないかな。
だから完璧なスコアでこなすよりも、半分よりも上のスコアで終わらせるほうが現実的なのかもしれないな。人生の選択肢が1回しかなかったらそれこそギャンブル的な生き方なのかもしれないけれど、人生はギャルゲーと違って自分の力で選択肢を増やすことが出来る。半分より上のスコアで人生を終わらせるには選択した回数が多いほうが良いんじゃないかな。だって、僕らは学ぶことが出来るから。コイントスで人生の選択肢を毎回決めるなら話は別だけど、何回も選択を繰り返すことで、これならうまくいくんじゃないかなという選択肢や確実によいと思える選択肢が増えてくるだろう。選択肢が増えればミスする回数も当然増える。間違った選択のたびに自己嫌悪の繰り返しになるけど、僕は選択の回数を増やすように変化しなければいけない。そう思う。
お助けサイト。質問する人が困っている。どんな内容で困っているかと言えば、原因不明だがコンピュータの調子がおかしくなったとのこと。この問題に対してアンサーがあり、ウィルスチェックをしろとのこと。で、これがベストアンサー。
不思議なことに、まっさらにすることはベストアンサーに選ばれない。でも、やっぱりまっさらにすることが一番だと思う。でも、まっさらにすることをためらう一つの原因は、バックアップをしていないから、もしくはバックアップの出来ない何かを使っているからだとおもう。そのようなシステムを使っていること自体が問題なのだ。そもそも壊れて困るようなシステムに対してはバックアップをしてしかるべきだし、バックアップをしていないシステムに関しては、まっさらにすることをためらってはいけないと思う。
ウィルスチェックも、感染したファイルを自分の手で直すことをしない限り、直したことにならない。ウィルスチェックのボタンを押したのは自分でも、治したのはソフトだ。これでは感染経路の特定や感染後の治療も自分の素行に伴う報いを一切受けていないことになってしまう。
バックアップをしっかりしよう。まっさらにしてもほぼ同じ環境がそろうまで1日とかからないようにしよう。再セットアップに際して同じ環境をそろえるまで時間がかかるようなソフトは使わないようにしよう。設定はバックアップできるファイルに書き込まれるべきだし、作成した何かもバックアップできるファイルに書き込まれるべきだ。さらに、保存に際して特殊形式はやめよう。見れるようにしよう。
たとえば、ファイヤーウォール用のマシンはセキュリティアップデートを頻繁にするべきだ。このようなマシンは再起動が必要になることもあるだろう。対して、計算ノードに使うマシンは計算が終わるまで再起動したくない。と言うことで、機能ごとにマシンを分けないとどうなるか。ファイヤーウォールマシンで計算を動かすと、再起動が必要なセキュリティアップデートを行うたびに計算をとめなければいけない。これではあまりよろしくない。とめられないシステムで大事なのは、2重化と分散なのかな。こんな観点で見ると、うちのシステムはあまりよろしくないな。機能ごとの分散は出来ていないし、2重化も出来ていなし。
あぁ、ラックマウントにしたいなぁ。其の前にたまりにたまった不用品を処分したいなぁ。オークションとかで売れればいいんだけど、古いからなぁ。一万円以下でレンズキットを買って、それで出品だ。決まり。
本当は目隠しガラスになっているのが一番だと思うのだが、安い家賃には変えられないわけで、カーテンを引こうということになった。しかし、レースのカーテンでは外から中が見えるし、中から外も見える。それなりに光が入って、なおかつ外と中のしきりに使えそうなカーテンを探さないといかんなぁ。やっぱり外からのめは気になるわけで。
置き場とか困るわけで、いくつもあると本当に。で、やっぱり買いましょう。ラック型一本化でいい感じにまとまるのではないか。
とりあえず、買うばかりでは荷物が増えるばかりなので、捨てるか売るかしましょう。で、オークションで売るためにはデジカメ必須かな。
お昼休みにお財布もって闊歩する姿を想像して萌えた。
yahoo auctionで最近見ないなぁと思っていたらやっぱり何かあったようだ。tsukumo_denkiは九十九電機のIDだったけど、今は無くなっている。
放置自転車が1年で200万台。引き取りにくるのが半分。引き取りにこない100万台を1台1円で売って1年で100万円。
プログラマーの浮気口実は簡単。「納品先でバグが見つかったから今日は帰れそうにないよ。」
だめ。あたしスカートなの。
がくっ。
両手で持てる幸せで十分。
怖がりの人がお化け屋敷に誘われる。2つ返事でOK。お化け屋敷内or出てから怖がっていたことを指摘されて一言。「わかってないなぁ。怖い思いをするためにお化け屋敷に行ったんだよ。怖がらないならお化け屋敷楽しくないよ。」
ヨートークニク
まぁ、リアルの自分とバーチャルの自分に対応付けがついていないんだったら良いのだけれど、実名活動している人もいるわけで、そういう人が口汚く罵るところを見ると、なんだか幻滅してしまう。人間なのだからそりゃしょうがないだろと言うのは其の通りなんだけど、ギャップの大きさと言うところにね。
辞書を開いたときの匂いと雨上がりの森の匂いが似ている。
そよぐ髪にうっとり。
玉子丼、親子丼を見て、卵子丼、精子丼と脳内変換。うわ。駄目人間じゃないか。かまぼことちくわで親戚丼だそうな。
浪人前提の計画は失敗する。